その日はその日で、朝から雨が降っていた。
今日は七夕。
七夕の日に雨が降ると、天の川の水かさが増して、織姫が向こう岸に渡ることができないため、彦星に会うことができない。
また、上限の月が天の川に架かっても、連れない月の渡し守は織姫を運んではくれない。


なんか、切ないな・・・。
大樹はそんなことを考えながら、薄暗い窓の外をじっと眺めていた。

「これじゃ、今年も会えないな」

「はぁ?おまえ何言ってんの?」

大樹がいきなり言った「会えない」という言葉を聴いた正秀は、なんだこいつ?
とでも言いたげな顔をして、大樹に聞き返した。

「今日、何の日かわかるか?」

「あぁ?・・・・・・七夕、か?」

少し迷った様子の正秀だったが、さっきの大樹の発言からすぐに思いついたのか、わりと早く答えを出した。

「そう。昔よく短冊に願い事書いたりしただろ?」

「なつかしー。小一ぐらいまでやってたわ。にしても、なんで今頃そんなこと言い出したんだよ」

「ん?さぁ、なんでだろうな」

一瞬静かになった後、正秀はガタッ!と勢いよく立ち上がると大樹を指差して叫んだ。

「ずるいぞ!言えよ。気になるだろ?」

そんな正秀を尻目に、大樹は腕時計を見ると机の横にかけてあった鞄を手に持った。

「じゃな。俺、電車だから」

「てめぇ。この、裏切り者〜!」

後ろでわめいている正秀に軽く手を振ると、大樹は傘を指して学校を後にした。



3駅ほど乗った後、大樹は電車を降りた。
学校を出たときから、雨はずっと強くも、弱くもない程度に降り続いていた。
いつもは通行量の多い道路も、こんな日は人通りも少ない。
やっぱ、雨に濡れるのは嫌なのだろう。
今週の初めからずっと気になっていたことを、大樹は歩きながら考えていた。
なにか、とても大切な・・・なんだっけ。
頭の中で、ノイズと一緒になってよみがえる思い出。
『七夕の日』
唯一思い出す事ができるのはこれだけ。

「・・・あれ?」

いつもは閉まっている駄菓子屋が開いてることを不思議に思った大樹は、
どこか懐かしさを感じながら、その店に入っていった。


昔、よく来てたな・・・。
昔と全く変わっていない商品の置き方、雰囲気。

「おや?珍しい。元気だったかい?」

いきなりかけられた声に、驚いて危うく手に持っていた駄菓子を落としかけ、あわてふためいた。

「えっ?・・・あっ」

「あたしゃ記憶力はいいんだよ。昔よくきてただろう?久しぶりだねぇ」

大樹に話しかけてきたのは、駄菓子屋の店主のお婆さんだった。

「お久しぶりです」

「あの娘は元気かい?ほれ、昔よく一緒に来てただろう?」

あの娘?・・・誰だろ。

「あの娘って・・・」

「覚えてないのかい?あんなに仲がよかったのにねぇ」

人違いかねぇ・・・。お婆さんは少しがっかりした感じで店の奥に行ってしまった。
『六年後の七夕の日に』
一瞬、頭をよぎった顔。

「お婆さん!それって・・・」





ギィギィとさび付いたブランコが揺れる音が、もう暗くなった公園に響いていた。
雨はいつの間にか上がっていて、空気が体にまとわりつく。

「久しぶり」

「うん」

彼女は一人ポツンとブランコに座っていた。

「下、濡れてるんじゃないの?」

「大丈夫、大丈夫。それよりよかったー。君が来てくれて。もしかしたら忘れちゃってるのかと思ってた。ごめん」

「謝んなくていいよ。実際忘れてたんだしさ・・・。ごめんな」

気にしない、気にしない。彼女はそう笑いながら言うと、立ち上がって俺の方を向いた。

「六年ぶりだね。元気だった?」

「あぁ。加奈はあっちに行ってる間、元気だったか?」

少し首をかしげる笑い方も昔のままだった。

「あれ?何持ってるの?」

「ん・・・?あぁ。ほれ」

「えっ。うわっ」
大樹が手に持っているものを、加奈に投げた。
まさか投げられるとは思ってなかった加奈は落とさないようにと、慌ててキャッチした。

「・・・何?これ」

「さぁな。開けてみな」

教えてくれてもいいじゃない、ケチ。
と小さく呟いていた加奈だが、包みから出てきたものを見て、とても嬉しそうに笑った。

「覚えててくれたんだ。私の好きなもの。ありがとね」

大樹は小さめのビンに入ったコンペイトウを持ってにこっり笑っている加奈を見ると、
なんだか照れくさくなって顔を赤らめた。

「コンペイトウって、お星様みたいできれいだね」

加奈はビンのふたを開けると、コンペイトウを2、3個口に放り込んだ。



そういえば、あの約束をした日、七夕の前の日だったな・・・。


『泣くなよ。また、会えるから』

『でも、でも・・・、私外国に行くんだよ?』

加奈は止まらない涙を小さな手でぬぐいながら、大樹を見つめた。

『なんだよ。それぐらいすぐだって。だから、もう泣くのやめろよ』

『でも、でも・・・』

『たったの6年だろ?そしたら、ここに帰ってくるんだろう?』

『うん』

『なら、大丈夫だって』

加奈はしばらく顔を俯けていた。
が、急に何かを思いついたように顔を上げた。

『なら、約束して。6年後の七夕の日に、この公園で会おうよ』

あまりにも加奈の表情が真剣だったので、大樹は何も言うことが出来なかった。

『わかった。じゃあ、元気で・・・』

『・・・うん。また』

しばらく沈黙が続いた後2人はそれぞれ別の方向へ歩き出した。



「あのさ」

「なに?」

「なんであの時『七夕の日に会おう』って言ったんだ?」

別れたのは七夕の前日だったのに・・・。

「だって、七夕の日だったら、絶対に会えるような気がしたんだもの。
ねぇ、知ってる?雨が降ったとしても織姫と彦星は会うことができるんだよ」


「そうなのか?」

「うん。泣いている2人を見かねたカササギの群れがどこからともなく飛んでくるの。
そして、天の川で翼と翼を広げて橋になって、織姫が彦星のところに行く手助けをしてくれるんだよ。
だから、2人は会うことが出来るんだ」

「それで、七夕の日にしたのか」

大樹は納得して、そんなこと良く考え付くなと言った。

「それだけ君に逢いたかったということですよ」
言った加奈は平然としているのに、それを聞いた大樹は赤くなってうつむいた。


「あ〜っと。おまえそんな事言って恥ずかしくならねぇ?」

「全然。だって、事実ですから」

2人はお互いの顔を見つめあった後、ふふっと笑いあった。


「これからもよろしくな」


「えぇ。こちらこそ」




7月7日。

きらきらと光り輝く天の川の岸辺で恋人が再会する七夕の夜。

空に広がる天の川を眺めてあなたなら何を願いますか?