どこか、寂しい感じがする秋の夕暮れに背を向けて歩いて行く。
今日は今日で、どこか悲しくて、寂しくて、息が詰まる。
激しい自己嫌悪に襲われて倒れこんだ僕を慰めてくれる人間なんて居るはずもなく、時間はゆっくりと過ぎ去っていく。

―泣いてるの?―

煩い。

―悲しいの?―

僕を嘲笑う声が頭に響く。

―ドウシタノ?―

黙れ。黙れ、黙れ。

―酷イナァ。ボクは君の事心配してあげたんダヨ?―

頭に響く声も煩いが、もっとウルサイのは自分の心臓の立てる音。
その声を聞くだけで、その声が頭に響いてくるだけで自分がどうにかなってしまう気がする。

―愛シテタノニネ。可哀想―

聞こえてきた声の言ったことに息が詰まる。
なんでそんなことまで知っている?
その時お前はまだ存在しては居なかったはずだろう?

―嫌だなぁ。忘れてしまったの?ボクは―

「っ!!」

次に出てくる言葉を聞きたくなくて、僕は耳を塞いだ。
意味はない行動ということが分かっていても、僕は耳を塞ぐことしかできなかった。

「言うな!!聞きたくなんかない!!聞きたくなんか・・・」

―アハハ。惨めだねぇ。本当にサ―

聞きたく、ない。聞きたくない。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。イヤなんだ・・・。

―ボクはあの日生まれた。確かにあの時ボクは生まれていなかった―

声がふと途切れる。

僕はその声を聞きたくなんかなくて・・・。

―でも、あの事件の後ボクは生まれたんだよ?だって―

それ以上は聞きたくなかった。
聞いていたら、気がおかしくなりそうだった。

だから僕は・・・

車のライトが僕を照らす。
そして、僕の体は宙に舞った。




頭の中で、声が聞こえる。
あぁ、あの女の声だ・・・。


「ごめんなさい。ごめんなさい。でも、これは誤解なの。許して・・・」
必死に足元にすがり付いてくる女。
僕が愛した、唯一のヒト。

血溜まりの中に、僕とその女は立っていた。
辺りに飛び散っているのは男の血。
その女を、ついさっきまで抱いていた、憐れな男。

「許す?何をだい?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「言ってみなよ」

「・・・あの男に」

「君は悪くはないんだろう?無理矢理、だろ?」

僕がそう言うとその女は怯えをその瞳に浮かべて、何度も何度も頷いた。

「なら、君が謝る必要なんか、ないだろう?」

僕が手に持っているナイフをちらっと見つめた後、

「えぇ。私は・・・」

それから先の言葉は一生語られる事はなくなった。

鈍い音が血まみれになった暗い部屋に響く。
僕の足元に崩れ落ちたのは、僕が愛した女。

「な・・・・で・・・?」

僕を見つめてくる虚ろな目。
イイネ。裏切り者にはその目がお似合いだよ。
僕は今、とても嬉しそうに笑っているだろう。

「馬鹿なヤツ。許すわけ、ないだろう?・・・ってもう聞いちゃいないか」

まだ僕を恨めしそうに見つめてくる女の頭を軽く蹴ると、僕はその部屋を後にした。
血に濡れたナイフを持って・・・。


それからだった。
頭の中で、あの声が聞こえ始めたのは。
最初は空耳だとばかり思っていた。
でも、だんだんと声ははっきりと聞こえてくるようになり、僕の精神は磨り減っていった。

僕は何も悪くはない。
悪いのは裏切ったあいつだろう?





まるで、スローモーションのように変わっていく景色。
華やかな街灯の光が少しずつ弱くなっていく。
僕の体が地面に触れた。

慌てて駆け寄るのは車を運転していた人。
なにか喚いている様だが、残念なことに僕にはもう聞こえない。

僕の口元は今笑っているだろうか?
顔は今、安堵の表情を浮かべているだろうか?

これで、もうあの声を聞かなくてすむ。
悩まされることもない。


そして、僕は初めてヤツの姿を目にした。
目にした途端に僕の目の前は絶望に覆いつくされた。
あれは・・・

―そんなことしても無駄なのに。君はボクから逃げることなんて出来ないんだよ?―

いつもと同じように、ヤツは僕を嘲笑う。
いつもと違うのは、ヤツが僕の目の前に立っていること。
その手は、血に濡れた赤いナイフを弄んでいる。

―ボクは、君。自分から逃げるなんて誰にも出来やしないだろう?―

あれは、あの日の僕か。