手を、差し出して下さい。

「一人きりの現実は、とても寂しいものだから」

2人なら寂しくはないでしょう?

これは、ただの勘違いでしょうか?




「歩いてるとさ、なんだか隣りに人の温もりが欲しくならない?」
李紅が笑いながら差し出した手を握りながら、啓は笑い返した。
「わかる。なんか欲しくなるんだよな」

教室は夕暮れの色に染まっていて、2人の他に誰も居ない。
教室に響く音は、2人の声と校庭から微かに聞こえてくる部活をやっている人たちが張り上げる声だけだ。

「見慣れた景色って、なんだか安心する。初めて見た景色はドキド
キするけど、すっごい不安になる」
「怖いのか?」
「そうかもしれない。足がすくんじゃうんだ」
李紅はイスに座って見下ろしてくる啓を見上げた。
「それは、仕方がないことだろう。誰だって初めてのことは怖い」
「啓も?」
「あぁ。俺も怖いよ」
そこまで言って、啓は一瞬視線を下にそらした。
「だから、これからやろうとしていることも、怖い」
「何をやるの?」
李紅が尋ねた瞬間、啓は李紅の手を引いて、自分の方へと抱き寄せた。
「こういうこと」
「なっ、ちょっと・・・離して」
頭を啓の胸に押し付けられるようにして抱きしめられているので、
赤くなった顔は啓に見られてはいない。
その事にほっとしながらも、やはり恥ずかしくて李紅はなんとか啓から離れようともがく。

「暴れられると傷つくな・・・」
「なら、さっさと離してよ!」
「ヤダよ。まだ言いたいこと言ってない」
啓は唇を李紅の耳元に近づけた。

「好きだよ。ずっと前から」
「・・・・・・知ってる」
李紅の頭を押さえていた啓の手が離れた。

「李紅は?」
ゆっくりと、李紅が顔を上げる。
そこには夕日の逆光で見えにくいが少し赤くなった啓の顔があった。
「わかんなかったの?・・・好きだよ」
「わかってた」
嬉しそうな啓の顔が李紅に近づいてくる。


コツン。
小さな音がして、2人のおでこが触れた。
「でも、李紅の口から聞きたかったんだ」
「嫌な性格」
そう言う李紅の顔は笑っていた。
「なんとでも」



差し出したままの行き場のなかった手は場所を与えられた。

それは2人にしかわからない小さな標。