「っ」
寒くて乾燥したこの時期は、よく唇が荒れる。
「どうした?」
そう言ってこちらの顔を覗き込んでくる彼とは、長い付き合いだ。
「くちびるがちょっと、ね」
覗き込んでくる目から逃れるように、私は視線を鞄にうつした。
鞄にたくさんついているポケットの1つから、お目当てのものを取り出す。
「リップクリーム?」
「うん。塗らないよりはましかなって」
へぇ・・・。と呟いた彼の顔は、何かたくらんでそうだ。
「俺、リップは苦手だな」
「スーッとするから?」
「いや、違う」
グイッと腕を引っ張られる。
「こうした時に苦いから」
そう言って楽しそうに笑いながら触れるだけのキスをした。
「なっ・・・」
予想外の出来事に手に持っていたリップを落としてしまった。
そのリップを拾い上げて私に手渡しながら彼は言う。
「今度からあんまりリップ塗らないでね」
言うだけ言うと、彼はさっさと固まっている私を置いて行ってしまった。
「逆にたくさん塗ってやる」
静かに声に出して固めた決意は冬の空に溶けて消えていった。