私は・・・

―I am a liar.―

嘘つきです。




「昨日のテレビ見た?あれ、爆笑モノだったよね。今思い出しても笑っちゃう」

「うん。あそこでさ・・・」

授業中よりも少しだけうるさい教室の中に、笑い声が起こる。
いつもの光景。いつもの時間。
時はゆっくりと、過ぎていく。
この時間がなによりも好き。


「じゃ、またね」

「うん。バイバイ」

手を振って別れた友達の背中を見送って、私も帰り支度を始める。
これもまた、いつもの事。

「あ、深雪。今日部活出る?」

帰ろうと教室を出たところで、同じクラスの友達に呼び止められた。

「ううん。止めとく」

入ってる部活はイラスト研究部。
でも、私は入ってないも同じこと。

部活のみんなは私は絵が上手だと思ってる。
でも、実際にその絵を描いているのは私の姉。
ふざけて友達のHPに私のハンドルネームで絵を投稿したのが始まりだった。
バレても大丈夫だろう。
そう考えていた私が甘かったのかもしれない。

気がつけば、嘘は手に負えないほど大きくなっていた。

まさに、自業自得だ。
今思うと、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。



空は、青く透き通っているのに、私の心は濁ったまま。

ため息ひとつついて、バス停へと歩き出す。
最近の唯一の楽しみは、バスの窓から見える秋の紅葉だ。
赤く色づいた葉がひらりと落ちるところが何とも言えない。

お気に入りの窓際の席に座り、窓の外を見る。

早くバス、発車しないかな・・・。

「ここ、座ってもいい?」

前の席が空いている。
なのに、どうしてわざわざ自分の隣の席に?
訝しげに声のした通路側に目を向けると、そこに居たのは同じ部活の富岡健二。

それまでの浮かれた気分が一気に下がっていくのがわかる。

「いいよ」

知り合いが、席がまだ空いているのに私の隣の席を希望してきたのだ。
この状況で、断れる人間がはたしているのだろうか?






わざわざ私の隣に座ってきたのに、話をふってこない。
紅葉の落葉も、赤く色づき始めた空も楽しむことができない。
それは、彼が隣に座って黙り込んでいるせいだ。

いったいなんなんだろう?


いつもは短く感じる時間が、今日はどういったわけかとっても長く感じた。

「・・・あのさ」

ふいに隣から聞こえてきた小さな声に富岡君の方を見る。

「え?ごめん聞こえなかった。なに?」

聞いても、彼はただ難しい顔をして沈黙するだけ。


嘘が、ばれたのだろうか。
そう考えると、途端に不安が押し寄せてきた。
今まで何度も自業自得だと自分に言い聞かせてきたつもりだった。
でも、いざその場面になると、この場から逃げ出したいと思う自分が居た。
富岡君には、彼だけには、ばれたくなかった。

早く、バス停に止まって・・・。

きまづい沈黙にも、押し寄せてくる不安にも耐えられそうになかった。




ゆっくりと、バスが止まった。

「ごめん、私、ここで降りるから・・・」

退いてくれる?という言葉よりも先に、富岡君が飛びのく。

「・・・ごっ、ごめ・・・」

「じゃあ、また明日・・・」

手を振って、にっこりと笑って、バスから降りた。
ちゃんと、笑えただろうか・・・。
笑顔が引きつってなかっただろうか。

なにはともあれ、これでひとまず落ち着ける・・・。

そう思ったのも束の間だった。
何故か、本当に不思議なことに、富岡君がバスから降りてきたのだ。

「綾瀬さん、ちょっと・・・いい?」

「う・・・うん」

ただならぬ雰囲気を感じた。

問い詰められて、罵られる・・・?
でも、そんな価値が果たして自分にあるのだろうか?

「あの、さ。俺・・・綾瀬さんが」

途中で途切れる言葉。

落ち着いた不安が、再び胸に広がる。
息が、詰まる。


「俺は・・・綾瀬さんが・・・す、好きなんだ」


拍子抜けした。
よかった。
ばれたわけじゃないんだ。

そう思う気持ちとは裏腹に、いっそばれたほうが気が楽になっただろうにと思う気持ちもある。
と、同時に、告白されたという事実に頭が混乱する。

「まさか・・・冗談?」

「ちっ違う!!俺は、本当に!!」

慌てて否定する富岡君の様子に、この告白は本気なんだと感じた。

でも、彼が好きな私は仮面だ。
これも、また・・・馬鹿な私が引き起こした行いの報い。


「ごめん・・・」

悪いことをしている。
友達みんなを、だましてる。

「なんでか、理由聞いても?」

「・・・・・・」

言えない。
ここまで来てるのに言えない自分に、余計腹が立つ。

「・・・言えないの?」

「ごめんなさい」

息が、上手くできない・・・。
胸が、苦しい・・・。

好きな人に、好意を寄せられているのに、それを、断らないといけない。

自分のした行いは、自分に返ってくる。

これほどまでに、この言葉を実感したことはない。



「冗談って、思ってるんなら、それは違う。俺は、本気で、君が好きなんだ」

それ以上言わないで欲しかった。
冗談だって、笑って欲しかった。
これ以上、彼をだませない。
嘘、つけない。
道化師のように、笑えない・・・。


「嘘、だから・・・」

「・・・?」

富岡君が呟いた私の声に、顔をしかめる。

「私は、私自体が、嘘の塊だから」

「なに言って・・・」

止まらなかった。
言葉が、止まらない。

頭が、目が、熱い・・・。

気づけば、泣いていた。

「嘘だから、だから・・・あなたに『好き』と言われる資格はないの」

「嘘って、何が・・・?」

「わたしっ・・・私は、イラ研の絵を」

短い言葉なのに、息が続かない。

「・・・描いて、ないの」

「え・・・?」

ここまで言うと、後は楽だった。
もう、なにもかもが吹っ切れてしまった。

「本当は、描いてるの私の姉なの。二人で、悪戯しようって、私の名前使って・・・」

「・・・・・・」

いつもは、綺麗だと思える太陽が、憎らしかった。
太陽の逆光のせいで、富岡君の表情が伺えない。
怖い・・・。

「だから、だから・・・あなたが好きなのは、私じゃない」

「そっか。わかった」

呆れた声。
思わず、肩が震えた。

「俺のこと、そんな風に思ってたんだな」

言葉が、言えない。
彼の言葉を、聴かなければという気持ちが大きかった。

「俺のこと、そんな人間だと、思ってたんだな」

違う。
否定したかった。
あなたの事を、馬鹿なやつだと笑ったりしたことなんてない。
あるのはいつも、罪悪感だけだった。

「俺のこと、そんなことだけで、人を好きになるやつだと思ってたんだな」

「・・・・・・」

この言葉が、耳に、胸に痛かった。

「・・・否定しないのか?」

できるわけない。
私は、うつむいてることしかできなかった。

「確かに、少し腹立ててる。でも、たかが、そんなことで人を嫌いになったり好きになったりはしない。馬鹿にするな!」

頭の中がパニックになって、真っ白になる。

「・・・たかがって、たかが・・・・私が」

「どれだけ悩んだかって?そんな事、俺はわからない。何も、話してくれなかったじゃないか」

話したら、笑って受け入れてくれたのだろうか。

なんだか、自分の全てを否定された気がした。


「誰にも、気持ちなんてわからないんだよ。黙ったままじゃ。沈黙するだけじゃ、伝わったりしないんだ」

肩をつかまれる。
顔は、まだ怖くてあげられない。

「俺にぐらい、話してくれてもいいじゃんか・・・」

すがる様に、つかまれた肩が痛い。
泣きそうな声に、心が痛い。

「ごめっ・・・なさ・・・・」

顔を上げた。
泣きそうな顔が、視界に入る。

「ごめんなさい・・・ごめんなさ・・・」

もう、これしか、言えない。

「泣きそうな、顔しないで・・・」

「なら、泣くなよ」

馬鹿みたいだった。
こんなに、彼を傷つけた。




しばらく続く沈黙。
先に破ったのは彼。
私は、口を開くことができなかった。

「で、俺を振った理由はこれだけ?」

黙って、うなずく。

「俺が、嫌い、とかじゃなくて?」

「うん」

嫌いなわけない。
彼の、優しさが好き。
声が好き。
雰囲気が、好き。

「俺は、綾瀬、のことが好きなんだ」

どうして・・・

「まだ、好きで居てくれるの?」

「さっき言っただろ?そんな事ぐらいで、人を好きになったり嫌いになったりなんかしない」

さっきとは、違う意味で、涙がこぼれそうだった。

「・・・・・・返事は?」

「こんな、私で、あなたが迷惑しないなら」

単語を口から出すことが、難しい。

「私は、あなたが・・・好きです」

こらえようと、思ったのに・・・。
涙が目からあふれて止まんない。

「うっし!」

「っきゃ」

いきなり抱きつかれて、後ろに倒れそうになる。

「これで、晴れて俺達恋人だな」


あまりの恥ずかしさに、言葉が出てこない。
涙は驚きと同時に、止まってしまった。



「せっかく、ラブラブのところ悪いんだけど」

「っ!」

「!!お、お姉ちゃん!!」

申し訳なさそうに、聞こえてきた声に目を向けると、そこにはポリポリと頭を掻く姉の姿があった。

「母さんが、帰りが遅いから見てこいってさ。でも・・・ねぇ?」

「わ、わかった。じゃあ、また明日ね。富岡君」

「お、おう」

顔から火が出るほど恥ずかしい。
穴があったら入りたかった。


「よかったね」

「え?」

姉が不意に言葉を発した。

「だって、絵のことで悩んでたじゃん」

「うん・・・。ありがと」

たくさんの人に迷惑かけた。
本当に、バカな事した。


明日、みんなに謝ろう。
きっと、隣に彼が居てくれるはずだから。

乗り越えないと、いけないんだ。



たとえ、消えない傷だとしても。