わりと日当たりがよいと子供と親に人気のある公園の一角では、
辺りの穏やかな雰囲気とは全く違うピンと張り詰めた空気が漂っていた。

そこにいるのは一方的に相手を睨みつける少女と、めんどくさそうな目をした少年。

「あんたなんかダイッキライ」

「奇遇だな。俺もだよ」

目の前の少年から言われた言葉に少し傷ついたように、眉をよせた少女は、

「ろくでなしのサボり魔」

と、少年の顔を見て先ほどよりもいささか低い声で呟いた。
この二人がここでばったり出会ってしまうまでは、近くにある遊具で子供たちが楽しそうに遊んでいたが、 険悪な雰囲気が漂い始めた今、辺りには誰もいなくなってしまっている。

少年はポリポリと頬を掻いた後、面倒くさそうな声音で

「相変わらずうるさいねぇ」

とますます少女の怒りを煽るように言った。

「暇人?」

この言葉に少女はぶちぎれた。

「万年金欠の超暇人のあんたにそんなこと言われたくないわよ」

少年を殴ろうとした手はあっさりと受け止められ、少女は顔を悔しそうに歪めた。

「なに?口喧嘩なのに手を出すの?怖いねぇ」

クスクスと笑いながら言う少年に、少女は顔を真っ赤にし、今度は足で少年のすねを蹴り上げようとした。


「・・・・・ニャー」

公園の喧騒で掻き消えてしまいそうなほどに小さい猫の鳴き声がした。
小さな小さな鳴き声だったけれど、喧嘩をしていた二人の耳にはしっかりと届いた。

「・・・・猫?」

少年は少女を掴んでいた手を離し、少女も少年を蹴ろうとしていた足から力を抜いた。
二人は目をあわせた後、おもむろに辺りを見回した。
探していたものはすぐに見つかり、二人は滑り台の下に置いてあったダンボール箱の中をそっと覗き込んだ。

「かわいいかも・・・」

箱の中にいたのは黒いつやつやとした毛と長い尻尾を持った子猫。
いつの間にか二人の間に先ほどまでの険悪な雰囲気などはなく、昔のように穏やかな雰囲気がそこにあった。

「おいで」

優しい微笑とともに差し出された手に、しばらくの間戸惑っていた子猫だったが、
自分に危害が加えられることはないと判断したのか、ゆっくりと少年の手に近づいていった。
そっと少年に抱き上げられた子猫は大きな耳をピクピクと動かし、 アーモンド型の綺麗なグリーンアイでじっと少年を見上げた。

「なかなかかわいい奴じゃないか」

少年は子猫を見つめて呟いた。
子猫に少女がゆっくりと手を伸ばすと一瞬ビクッと震えたが、 頭を優しく撫でられる気持ちよさに子猫はゆっくりと体の緊張をといていった。

「昔飼ってた猫を思い出すなぁ」

「あぁ、スノーのことか?」

さっきまで喧嘩していたとは思えないほど二人は仲良く猫を撫でていた。




二人は家が隣で、生まれたときからの幼馴染。その上、小学校からずっと同じクラスの腐れ縁。
何度か大きな喧嘩もしているが、二人が悪友である、ということは全く変わることがなかった。

「おい」

「なにさ?」

今回の喧嘩の原因は少年の、この言葉からだった。

「てめぇなんざ、嫌いだ」

驚いたのは少女。

「はぁ?あんた、なに言ってんの?」

顔では笑いながらも、少女は必死になって自分が少年に何かやってしまったのかと考えていた。

「前からお前なんか大嫌いだったんだよ。中学も卒業したし・・・。 もうおまえと毎日顔合わさなくてすむと思ったらせいせいするよ。じゃあな」

卒業式が終わった後の教室で、追い討ちをかけるように言われた少年の言葉。

(なにも、今日言わなくてもいいじゃない)

ならいつならいいのか、それは少女にもわからなかった。

少女はかばんを背負い、帰ろうとしていた少年の側まで行くと少年を殴り、悲しみと、怒りで震える声で叫んだ。

「くそ馬鹿!もうなんなのよ、最悪・・・・」

最後の方はとても小さくて、近くに居る少年に聞こえるか聞こえないかそれぐらいの声だった。
少年は殴られて痛む頬を軽く押さえると、下を向いて、
涙をこぼさないように唇を必死になって噛んでいる少女をちらりと見て、下駄箱へと消えていった。


教室に残っていた生徒達は、まるでわけがわからない、といった感じで残された少女を見た。
二人はたいてい一緒につるんでいて、誰の目から見ても、仲の良い親友という言葉がピッタリだったから・・・・。
周りの人から向けられる同情の眼差しから逃げるように、少女は荷物をまとめると、教室から飛び出していった。


家が近い、ということもあり、春休み中たまに二人は出会うことがあった。
最初はひどく落ち込んでいた少女は、少年に出会うと、慌ててどこかに逃げた。

これ以上少年から何か言われるのを恐れて。
そうして2人の間には以前はなかった溝ができていった。




ふとした拍子にそのことを思い出した少女は、今なら教えてくれるかもしれないと淡い期待を抱いて少年に尋ねた。

「なんであの時、あんなこと言ったの?」

少年は穏やかに笑っていた顔を凍らせた。
辺りの雰囲気がまた悪くなり始め、それを敏感に感じ取った子猫は、少年の手から出ようとして暴れた。

「だから、言っただろ?おまえが嫌いだからだって。頭悪いんじゃないのか?」

少年は「下ろせ」と暴れる子猫をそっと地面に置いてやると、

「あ〜あ。せっかくの春休みなのに、無駄な時間を過ごしちまったなぁ」

と言い残し、公園から出て行った。
少女は見上げてくる子猫をそっと抱き上げると小さくなっていく少年の背中をじっと見ていた。
やがて少年が見えなくなると少女は子猫を抱きかかえたまま、とぼとぼと家へ帰っていった。


今にも泣きそうな顔をして帰ってきた少女に、母は「どうかしたのか?」と尋ねたが、
少女はなんでもないから、大丈夫だよ。と笑いながら、猫を飼ってもいいか?と公園で拾ってきた子猫を母親に見せた。
前に「スノー」という猫を飼っていたということもあり、母親は簡単に承諾した。





「おいで、レイン」

ある日少女は拾った猫と一緒に散歩に出かけた。

「あっ、レイン!」

レインは途中、急に走り出すと、廃墟の中に入って行った。
少女は少しためらった後、決心すると、廃墟の中に一歩踏み出した。

そこは近所では有名な廃墟で、少女は小さな頃、よく少年と冒険ごっこをしていた。

あの頃とはなんだか違うな。そんな風に感じながら、少女は薄暗い通路を歩いた。

「・・・レイン?どこに居るの〜?」

一階を全て探し終えた少女は今度は二階を探すことにした。
ギシッギシッと少女が歩くたび階段は悲鳴をあげた。

「・・・どこ?」

まだ数日しか一緒に居なかったが、レインは少女にとって大切な宝物だ。
階段を上りきった少女はわずかに開いたドアを開けようと錆び付いた取っ手を掴み、ゆっくりと開けた。
中に居た人物が振り向き、少女に声をかける。

「あっ?おまえ、何してんの?」

少年が、いつもと同じように面倒くさそうに少女を見た。

「猫、探してるの」

「あぁ、こいつのことか?」

少年が、ひょいと足元に居たレインを掴み上げ、少女の手の中に置いた。

「ちゃんと見ててやれよ」

「ありがとう」

少女はにっこりと笑った。
少年も微かに笑った。

「じゃあな」

去ってゆく少年の姿を見ていた少女は急に不安に駆られ走って少年の服を掴んだ。

「何かしたなら謝る。ゴメン」

少女の声は震えていた。顔には一筋の涙が流れていた。

「お前は何も悪くはないよ。俺が・・・馬鹿なだけだから。ごめんな」

少年は少女の頭に手をのせた。

「俺さ・・・お前のことが」

少年は少女の耳元で続きを囁いた。

「        」

少女は驚いたように顔を上げ、なら何故・・・と目で少年に問うた。

「お前が、いつまでたっても気づかなかったから。押して駄目なら引いてみろってね。・・・だからだよ」

少女は少年の胸を殴った。

「ばかぁっ・・・」

それだけ言うと少女はそのまま少年の胸で泣いた。
レインは少女と少年の足元で、床に映る影がゆっくりと重なるところを見た。



それから少年と少女は昔とは別の意味で一緒に居ることが多くなった。

「ねぇ、なんであの時あそこに居たの?」

「それは昔の思い出に浸りたかったからだよ」

少女の問に少年は軽く笑って答えた。
少女の膝の上では、レインがまるくなってすやすやと眠っていた。